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2014.06.22 Sunday

【たかの台総合運転所の鉄道車輛百科】 〜高度経済成長を駆けた車輛達〜 国鉄EF65形電気機関車(4)

皆様こんにちは。たかの台総合運転所です。

今回の【たかの台総合運転所の鉄道車輛百科】も国鉄EF65形電気機関車のお話になります。


国鉄の電気機関車では最多の308輛が製造されたEF65形ですが、国鉄末期にはヤードの廃止等に伴う貨物列車の集約化による合理化の為にEF65形電気機関車も余剰気味となっていました。

一方で当時の国鉄は、新たな列車の旅の楽しみ方を提案する形で昭和58年(1983年)、これもまた余剰気味だった14系客車を改造した「サロンエクスプレス東京」を登場させます。
従来の日本の列車には無かった個室形式のコンパートメントの客室という形態が瞬く間に話題となり以後、「サロンカーなにわ」を始めとした様々なジョイフルトレインが登場しました。

このジョイフルトレインは団体用や臨時列車用などの波動輸送用の車輛で一般の車輛よりも稼働率が低いため、動力装置を持つ電車や気動車よりも動力装置を持たない客車が重宝され、当時余剰気味だった12系、14系、或いは50系客車等から改造されたものが多く誕生しました。

これらの客車改造のジョイフルトレインには、客車と同じ塗色の専用の機関車が用意され、その専用指定機としてEF65形電気機関車にも白羽の矢が立ちました。

平坦線用の直流電気機関車であるというEF65形の性格から関東地方から中国地方にかけて、東海道本線や山陽本線沿線の所謂太平洋ベルト地帯に改造、配置された客車改造ジョイフルトレインの専用指定機として、EF65形0番台一般型を塗色変更した名古屋の「ユーロライナー」専用指定機や岡山(下関)の「ゆうゆうサロン岡山」専用指定機、1000番台PF形を特別塗色に塗り替えた田端の「スーパーエクスプレスレインボー」専用指定機など東は東京の田端から西は山口の下関まで、特別塗色のEF65形電気機関車が登場し話題を集めました。


この中でも特に、田端運転所に配置された「スーパーエクスプレスレインボー」専用機である1019号機とその後釜である1118号機は、配置区所の田端運転所が寝台特急受け持ちの機関区であったために、東京始発や新大阪始発の東海道、山陰、四国、九州方面の寝台特急、及び上野から黒磯まで寝台特急あけぼのの牽引に当たる事も稀にあり、その真っ赤な出で立ちで側面に大書きされた「EF65」という大胆な車体の前面に寝台特急のヘッドマークを掲げた姿は鉃道ファンを魅了したものでした。

全盛期の田端運転所のEF65形の受け持ち寝台列車は上野発の寝台特急あけぼの3往復と、東京発の寝台特急出雲、瀬戸および寝台急行銀河。そして急行銀河を牽引して翌日大阪に着いた後に、今度は新大阪始発の寝台特急彗星をはるばる下関まで牽引していました。

東京や黒磯から高松、そして下関まで、ヘッドマークも誇らしげに真っ赤なEF65形電気機関車が牽引する寝台列車は当時の鉃道ファンを熱狂させたものでした。





EF651118のコピー.jpg

画像は赤色の出で立ちと側面に大書きされた「EF65」の形式名が特徴の元「スーパーエクスプレスレインボー」専用指定機、EF65形1118号機です。










 
【次回に続きます】
2014.06.15 Sunday

【たかの台総合運転所の鉄道車輛百科】 〜高度経済成長を駆けた車輛達〜 国鉄EF65形電気機関車(3)

皆様こんにちは。たかの台総合運転所です。

恒例の【たかの台総合運転所の鉄道車輛百科】今回も引き続き国鉄EF65形電気機関車のお話です。


昭和40年から増備されて続けて来たEF65形電気機関車ですが、同じ形式の機関車でも牽引用途による装備の違いにより一般型、P形、F形と三種類ものタイプが存在してしまい、車輛の転属等による運用上の点からも効率化が求められる様になりました。

そこでEF65形の中でも最も重装備の500番台F形を基本として増備されたのがEF65形電気機関車の集大成とも言える、この1000番台です。

昭和44年(1969年)から昭和54年(1979年)まで、実に10年間もの長い期間に亘って製造されたEF65形1000番台の一番の特徴は、上越線や東北本線等の寒冷地での重連運転を考慮して設置された貫通扉でした。

この貫通扉が設置された為に今までの基本番台や500番台の非貫通形の前面を持つ、それまでのEF65形とはまるで別形式の様な出で立ちに見えます。

このEF65形1000番台は従来のP形の機能とF形の機能を兼ね備えた機関車である為に、両方の頭文字を合わせたPF形と呼ばれています。

10年もの長きに亘って製造されたEF65形PF形ですが、必要輛数に達した昭和47年に一旦製造を中断しました。
しかし4年後の昭和51年からは老朽化したEF15形等の旧型電気機関車の置き換え及び関西ー九州間の寝台特急を牽引していたEF58形の置き換え用として再び増備が再開されました。

昭和51年から再び製造されたEF65形1000番台は、新たに下枠交叉式パンタグラフが採用され、機関車のナンバーがそれまで車体に直接数字やアルファベットの切り抜きを貼付けていたものから、ブロックナンバーと呼ばれる数字やアルファベット貼付けられたプレートをビスで車体に取り付ける方式になり、正面の窓の下の空気取り入れ口のルーバーが廃止されて少々すっきりした感じとなったのがそれまでの1000番台からの変更点です。

PF形ことEF65形1000番台は、この製造中断を挟んで前に製造されたものを前期型、後に製造されたものを後期型と呼ぶ事も有ります。

4年間の製造中断を経て、再びEF65形電気機関車が増備された昭和50年代初頭、スーパーカーブームやSLブームに続くブームとして寝台特急のブルートレインがブームの真っ只中でした。

東京駅を発着する寝台特急の牽引機がEF65形500番台から1000番台に交代したのを契機に、このEF65形1000番台は当時唯一のヘッドマークを付けた寝台特急牽引機として一躍子供達の人気者的な存在へとなります。


一定の年代以上の方にとってはブルートレインといえば、このEF65形1000番台が真っ先に思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか。





画像は条項改正により番号が変更になったEF65形PF形の後期型、EF65形1121号機改め2121号機です。











 
【次回に続きます】
2014.06.08 Sunday

【たかの台総合運転所の鉄道車輛百科】 〜高度経済成長を駆けた車輛達〜 国鉄EF65形電気機関車(2)

皆様こんにちは。たかの台総合運転所です。

たかの台総合運転所の鉄道車輛百科、今回も前回に引き続き国鉄EF65形電気機関車になります。


EF65形電気機関車は貫通扉の有無により大きく分けて0・500番台と1000番台に分ける事が出来ます。

0番台はEF65形の基本となる一般形で、一般貨物用として昭和40年(1965年)から昭和45年(1970年)の間に135輛が製造されました。
一般形と呼ばれる0番台は専ら一般貨物列車牽引等の汎用機として活躍しました。


500番台は特急列車牽引の為に、一般形の0番台を基本に20系客車への電磁ブレーキ指令用の機器やパンタグラフ付き電源車のカニ22形のパンタグラフ昇降スイッチ及び20系客車との通話用の装置が取り付けられたP形、P形を基本に10000系貨車を高速で牽引する為の電磁自動空気ブレーキへの指令機能や編成増圧装置、それに伴う連結器廻りの空気管、重連総括制御機能が付加されたF形に分ける事が出来ます。
なお、P形のPは旅客の意味の"Passenger"の頭文字のP、F形のFは貨物の意味の"Freight"の頭文字のFから由来しています。

500番台は昭和40年(1965年)から昭和41年(1966年)にかけてP形、F形共にそれぞれ17輛製造され、後に一般形の0番台から500番台P形への編入車も加わりました。

晩年には「ゴサゴ」と呼ばれ鉄道ファンの人気者になっていた535号機も、この一般形0番台からの改造編入車でした。


趣味的に見てP形とF形で一纏めにされる事の多いEF65形500番台ですが、P形は旅客列車主体、F形は貨物列車主体の運用とその任務は大きく違いました。

また、非貫通型の前面を持つEF65形の0番台と500番台の外観上の大きな違いは車体の塗色の塗り分けの違いで、0番台が他の直流電気機関車にも見られる一般的な塗り分けに対して、500番台は特急色と呼ばれる独特の塗り分けが特徴でした。

なお、民営化以降は貨物色等への塗色変更により、0番台と500番台の外観上の差異は少なくなり少々見分けづらくなってしまいました。(機関車のナンバーと前面下回りのスカートのジャンパ栓の有無が0番台と500番台を見分けるポイントでした)




EF65501_江戸のコピー の.jpg



画像は今は亡きお座敷列車江戸を牽引する500番台P形のトップナンバー、501号機です。

このEF65形501号機は現在もJR東日本高崎車両センターに在籍しておりイベント用として動態保存されています。






 
【次回に続きます】
 
2014.06.01 Sunday

【たかの台総合運転所の鉄道車輛百科】 〜高度経済成長を駆けた車輛達〜 国鉄EF65形電気機関車(1)


皆様こんにちは。たかの台総合運転所です。

今回から、たかの台総合運転所の所長の解説する【鉄道車輛百科】を連載致します。


第一回目となります今回は「高度経済成長を支えた車輛達」という企画で国鉄が輝いていた時代に登場した車輛を取り上げて行きます。
第一弾は今回から数回に亘って国鉄EF65形電気機関車を取り上げます。



昭和40年(1965年)、当時の新系列直流電気機関車であったEF60形を基本として高速性能を向上させた直流電気機関車の決定版として登場したのがEF65形電気機関車です。

このEF65形電気機関車は昭和40年(1965年)から昭和54年(1979年)までに308輛が製造され、国鉄の電気機関車としては最多の両数が製造されました。


15年もの長きに亘り製造されたEF65形電気機関車は外観上の特徴で大きく2つに分ける事が出来ます。

昭和40年(1965年)から昭和45年(1970年)までに製造された0番台及び500番台はEF60形に準じた貫通扉の無い非貫通型で製造されました。

0番台は一般型と呼ばれ、一般貨物列車牽引用として135輛が製造されました。

500番台は特急型と呼ばれ、こちらは特急旅客列車用のP形と特急貨物列車用のF形の2つのグループに分かれています。

 


EF65100.jpg



画像は一般型の0番台である100号機です。



この100号機は最後まで残ったEF65一般形のうちの1輛で、末期には岡山機関区に在籍し2011年3月のダイヤ改正で引退するまで山陽本線の貨物列車の牽引をを始め瀬戸大橋を渡って四国の松山まで足を延ばしていました。



 
【次回に続きます】




 
2013.06.08 Saturday

たかの台総合運転所の台湾鐵路旅【報告】其之二

皆様こんにちは。たかの台総合運転所です。



今日は高雄から北へ350km離れた台湾最大の都市、台北に来ています。









沖縄のすぐそばの台北は梅雨真っ只中で雨天の日が多く、気温も南部の高雄よりも涼しめです。









高雄の気温は36℃で猛暑でしたが、ここ台北は北部で梅雨に入っているとは云え29℃と比較的涼しくて過ごしやすいですね。










とはいえ台北も南国、窓は暑さ対策の為に二重窓になっています。二重窓と云えば北海道の建物の窓も二重窓ですが、こちらは寒さ対策ではなく、暑さ対策の二重窓です。

そう言えば熱帯に位置する高雄の建物の窓は三重窓でした。こちらの三重窓の写真は残念ながら撮るのを忘れてしまいましたので、次回の機会にでも紹介しようかと思います。















そういうことでたかの台総合運転所の台湾鐵路旅の後半は台湾北部の乗り鐵になります。








それでは!
2013.06.05 Wednesday

たかの台総合運転所の台湾鐵路旅【報告】

 皆様こんばんは。たかの台総合運転所です。東京は例年より早い梅雨に入りましたね。今後暫くはジメジメした毎日が続きそうです。



三多三路.jpg




今回、たかの台総合運転所の所長は日本を飛び出してまたまた台湾へと来ています。

本日、所長は台湾の高雄に居るのですが流石熱帯都市と云う事もあり真夏の様な暑さですね。



高雄36度.jpg




亜熱帯〜熱帯気候に属する台湾ですが今日の日中の高雄の気温は36℃でした。夏真っ盛りと云った感じですね。本当に暑いです。



高雄駅前.jpg




印度客車.jpg




九曲堂.jpg




勿論、今回台湾へ来た最大の目的である台湾の鉃道に乗りまくると云う乗り鉄活動も順調に行っています。

・・・ということで今回も台湾の鉃道の取材をして来ますので今後の【たかの台総合運転所★台灣鐵路之旅】に乞うご期待下さいませ!!



2013.05.23 Thursday

乗車券 旭川→旭川(経由:函館線,深名線,宗谷)H7.8.17.【たかの台総合運転所切符コレクション】

 皆様こんにちは。たかの台総合運転所所長の奧野です。

東京はこの数日、日中は暑い日々が続いています。ゴールデンウィークも終わり季節はいよいよ夏に向かって行きます。そろそろ当運転所でもクーラーの出番ですね。



ということで前置きはさておき、今回は平成7年(1995年)の夏の終わりとともに廃止された北海道のローカル線、深名線を経由するL型マルス券の乗車券の紹介です。




乗車券_旭川→旭川H7.8.17.jpg



「旭川→旭川」と云う面白い券面の乗車券ですが、現在は廃止されてしまった深名線経由の乗車券です。

深名線は函館本線の深川と宗谷本線の名寄を結んでいた路線で「国鉄改革」の際に何度も廃止候補に挙がっていたような日本有数の赤字路線でしたが、冬期の代替交通機関が不安定との理由で、国鉄末期ーJR発足初期にかけて他の赤字ローカル線である「特定地方交通線」が次々に廃止されて行く中、奇跡的に廃止を免れていた路線でした。

沿線には蕎麦で有名な幌加内や湖のある朱鞠内など最後の北海道の赤字ローカル線らしさが残る路線でしたが、並行する道路が整備された事により平成7年9月、遂に深名線の歴史に幕が下ろされる事になりました。

現在ではJRバス深名線が廃止された深名線の代わりを担っています。







2013.05.18 Saturday

台鐵普悠瑪號、JR線を走る! TEMU2000型”普悠瑪號”(プユマごう)甲種輸送撮影記

 皆様こんばんは。たかの台総合運転所です。

今回は前に紹介した台湾鐵路管理局の新型特急電車「普悠瑪號」が日本の工場で製造されてからJR線を走って港まで行く「甲種輸送列車」と云う回送列車を追ったレポートです。



普悠瑪_台北.jpg

TEMU2000型”普悠瑪號”



以前、乗車記に書いた台鐵の最新型特急電車、普悠瑪號(プユマごう)ことTEMU2000型ですが、この電車は日本で作られて日本の工場からJRの線路を走って船積みされる港まで行きます。

この台湾の新型特急電車が日本の線路上を走っている貴重なシーンを是非とも見てみたい!ということで早速、一路豊橋へと向かいます。


このTEMU2000型普悠瑪號は愛知県の日本車輌豊川製作所で作られています。この豊川から飯田線、東海道本線、名古屋臨港鉃道、名鉄築港線を通って東名古屋港の大江埠頭まで回送されます。

尚、この普悠瑪號の回送列車は豊川から機関車に牽引されて大江埠頭まで運転されます。一般的に、甲種輸送列車は機関車に牽引される形で運転されるのが普通です。

本当はJR線を自走してくれたら尚更良いのにとは思いますが、そもそもこの普悠瑪號は交流専用電車ですので、直流電化区間である飯田線や東海道線を自走する事が出来ません。

海外の鉃道車輛が日本の線路上を走ると云うだけでも珍しいことですから贅沢は言えません。



さて、前置きが長くなりましたが最初にこの普悠瑪號が作られた日本車輌豊川製作所へと向かいます。


すでに普悠瑪號は日本車輌の専用線を通って東名古屋港へ向かって出発すべく、飯田線と並行する側線に居る模様です。




日車.jpg

遥か彼方に停まっています



早速これから普悠瑪號のやってくる豊橋駅へと先回りします。飯田線を走って来た列車は東海道線を名古屋方面に向かうべく、豊橋駅で列車の進む向きを変える為に11分停車します。


さて、豊橋駅へと先回りしてホームの先端で待つ事少し、程無くしてDE10型ディーゼル機関車に牽引された新製直後のピカピカの普悠瑪號が入線してきました。
知らない人がこの車輛を見かけたら奧に停車している名鉄特急の新型車輛か、或いは色や形が似ている特急はくたか号だと思うかも知れません。
まさかこの回送列車が台湾の新型特急だと思う人は、意外と少ないのかも知れませんね。




DE101546普悠瑪_1.jpg

豊橋駅に入線する普悠瑪號 奥の名鉄の新車だと勘違いする人も居るかも



列車はホームの名古屋寄りの場所に一旦停車後、方向転換の為の機関車付け替えを行うべくホームから離れた駅構内の側線に停車するようです。




普悠瑪豊橋駅.jpg

豊橋駅入線



普悠瑪豊橋駅2.jpg

ホームからはみ出した所で停車



豊橋駅に到着する普悠瑪號を見送った所で次の撮影地に急行。
この普悠瑪號の回送列車を再度撮影する為に名古屋まで新幹線で先回りをします。




大高駅1.jpg





大高駅2.jpg

新幹線と並走している大高駅



名古屋から五駅ほど豊橋方面へと戻った大高駅で普悠瑪號の回送列車を待つ事にします。横には東海道新幹線が走っているので巧く行けば新幹線との並走写真が撮れるかも知れません。




DE101546普悠瑪_大高_2.jpg

白昼堂々の走行



大高駅で待つ事30分、遥か彼方に朱色のディーゼル機関車が姿を現しました。普悠瑪号の甲種回送列車に間違い有りません。




IMG_9848のコピー.jpg

ホームに停車している様に見えます 結構似合っているかも



列車の前を狙った後に、後追いで普悠瑪號が駅に停車しているような絵を切り取りたく、後ろを狙ってみました。
まるで大高駅に停車している様にも見えます。動いているものを静止画にして切り取れるのが写真の醍醐味です。


大高駅で狙った後は、後続の普通電車で次の笠寺へと向かいます。
この回送列車は笠寺駅で東海道線から名古屋臨海鉃道に入り東名古屋港の大江埠頭へと向かう訳ですが、この笠寺駅では牽引する機関車をJRの機関車から名古屋臨海鉃道の機関車に交換します。
即ち両端に名古屋臨海鉃道の青いディーゼル機関車が、普悠瑪號をガードするかの如くプッシュプルの形態で名古屋港の引き込み線に入って行くのですが、この引き込み線では途中で列車の進行方向が変わる関係上、東港駅で両端に機関車が連結される訳であります。

この大高駅は快速電車は停車しませんので、普通電車の到着まで暫く待たされます。




311大高.jpg

やっと来た普通電車



やっと来てくれた普通電車で笠寺に着いた頃にはすでに機関車の付け替えが終わり、普悠瑪號は大江埠頭に向けて発車した後でした。

甲種輸送列車は、これから名古屋臨海鉃道を東港駅まで走り、この東港駅で進行方向を変え名電築港駅に入ります。名電築港駅では再び向きを変え名鉄築港線と合流、旅客駅の東名古屋港駅を通過し大江埠頭まで行きます。


因みに豊川からの東名古屋港までのこのルートは名鉄の新車の甲種輸送と全く同じルートです。名鉄電車の甲種輸送の場合は名電築港駅を経て東名古屋港駅から名鉄の線路に入ります。

この名電築港駅はこれから名鉄線を走る新車が搬入される駅なのですが、一方で役目を終えた名鉄電車が解体される場所でもあります。

名鉄電車の一生は名電築港駅に始まり名電築港駅に終わる。と言ったところでしょうか。



話が脱線しましたが、この東名古屋港駅の先が大江埠頭になります。


私が大江埠頭に到着した頃にはすでに普悠瑪號は到着済みでした。三日前の4月15日に、ここ大江埠頭へと回送され留置中の第三編成と共に船積みされ、これから台湾の基隆港へ向けての船旅が始まります。




TED2007_TED2008.jpg

無事に大江埠頭に到着



普悠瑪TED2005_TED2006.jpg

こちらは先に到着した第三編成



日本で生まれたこのTEMU2000型普悠瑪號、台湾の地での末永い活躍に期待しましょう。



2013.05.13 Monday

たかの台総合運転所★台灣鐵路之旅 【11】 〜南廻線の藍色客車 旧型客車の旅〜【後篇】

 皆様こんにちは。たかの台総合運転所所長の奥野です。



前回より引き続き、南廻線を走る旧型客車の乗車記になります。




SPK32757.jpg

車番の書体が日本の国鉄っぽいですね



12:08、各駅停車の3671次普快車は定刻に枋寮駅を発車しました。
これから中央山脈の向こう側の台東まで2時間12分の懐かしい旅が始まります。


ところで台湾は日本に負けず劣らず鉃道ファンの人口が多く、珍しい列車を目当てに乗車している人をよく見かけます。

今回乗車しているこの列車の乗客も地元の人はほとんどおらず、この列車に乗る事が目当ての鐵道迷と呼ばれる鉃道ファンばかりのようです。
元々人口希薄な地域を走る南廻線の列車ですから、地元の乗客が少ないのは当たり前と言えば当たり前なのですが。

ちなみに自分の席の右前の席には仲の良さそうな二人組の女の子が旧型客車の汽車旅を楽しんでいるようですね。台湾でも鉄子はたまに見かけます。
どうやら台湾でも日本でも鉃道ブームは盛り上がっているようです。




20121225_132517.jpg

海を望みながら走ります



列車は台湾最南端の駅である枋山に到着しました。北緯22度06分01秒、東経120度39分34秒。最南端の駅でありながら一日二往復の普快(普通列車)のみが停車する駅です。

南廻線の普通列車は一日に二往復しかありませんので、普通列車のみが停車する駅では一日に4本の列車しか停車しません。
具体的には枋寮を出て次の駅の加祿駅から山を越えた古荘駅までの各駅が普通列車のみが停車する駅になります。(加祿、內獅、枋山、古荘の四駅)


枋山駅を発車すると車窓の海とも暫くお別れ、山に向かいます。




車内.jpg

開け放たれた窓 昔ながらの古き好き正しき汽車旅



列車は険しい中央山脈を長大トンネルで貫くべく深山の中に入って行きます。南国の濃い緑色に染まった車窓は、どこか日豊本線の霧島越えを彷彿させてくれます。




旧型客車車内_2.jpg

乗客は最後部の車輛に集中しているようです



ここで三両編成の列車の車内をひと回りします。乗客は列車の最後部の車輛に集中しており、一両目と二両目の乗客は誰も乗っていない模様です。

デッキでは鐵道迷の若者が大きなヘッドホンをつけてレコーダーで列車の音を録音しています。所謂録り鉄ですね。

客席のある客室に較べると列車の走行音が大きい無人のデッキは、人の会話などの雑音が入らずに列車の音だけを録音出来る訳でありまして、鉄音派にとってはまさにうってつけの場所のようです。




渡り板.jpg

ちょっとスリルのある連結部分の渡り板



20121225_141301のコピー.jpg

隙間が空いています



デッキと云えばこの旧型客車の連結部分の渡り板の下の部分は貫通幌が無く、流れ行く線路の砂利が丸見えです。
隣の車輛に行く時にスリルがあり少し緊張します。といっても大人の人間が収まる程の広さでは有りませんので、ここから線路上に転落する事はなさそうです。

雨の日などは、幌枠の合わせ目の隙間の空いた貫通幌から入って来た雨に渡り板が濡れてスリルが倍増しそうです。
隙間のあるバネで押し合う貫通幌とともに、現在の日本では体験出来ないようなちょっとしたスリル感がありますね。



海岸沿いから山間部へと入った列車は、トンネルに挟まれた枋野信号場で後からやってくる観光列車こと51次莒光號に道を譲ります。停車時分は6分。束の間の静寂。

程無くして、信号場以外には周囲に建物の無い山奥の自然が支配する信号場の静寂を破るかのように、ディーゼル機関車に牽引された観光列車が通過。トンネルに吸い込まれて行きます。




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枋野信号場



南廻線は1992年に開通した新しい路線です。

この南廻線が開通した事により台湾の鉃道が環状に繋がり、鉃道で台湾を一周する事が可能になりました。
南廻線は路線の半分ほどがトンネルで、そのトンネルの大半が中央山脈の山間部に存在します。

開通して20年と云う比較的新しいこの南廻線ですが、台湾南部の山間部である人口希薄な場所に敷設されたため、新しい路線でもあるのにも関わらず多良駅を初めとしたいくつかの駅や信号場はすでに廃止されています。
中でも香蘭駅と三和駅は開業から僅か5年で廃止されてしまい短命でした。どうやら乗降客が殆ど居なかったようですね。

この廃止された駅達も、あともう少し長く存続してくれれば昨今の鉃道ブームに乗って人気が出たのかも知れません。※後述



トンネルを抜けて中央信号場を過ぎると次の古荘までの区間は南廻線唯一の複線区間です。
新しく出来た路線だけあって藍色客車こと旧型客車は、継ぎ目の無いロングレールの上を滑るかの様に高速で走ります。




古荘.jpg

古荘駅に到着



台鐵で二番目の長さ誇る中央隧道を抜けると古荘に到着します。この駅も周りが緑に囲まれている山奥にあります。
古荘駅も先程書いた通り一日二往復、上下併せて4本の普通列車しか停車しない秘境駅ですが駅施設そのものは立派なものです。




南廻線車窗_2.jpg

車窓には再び海が



この南廻線の沿線は海岸線沿いや山岳地帯を貫く区間を初め、車窓の変化に富んだ路線です。

次の大武駅を過ぎると車窓には再び海が姿を現します。東シナ海です。
ここから暫くの間は遥か水平線まで続く青い海が再度車窓を楽しませてくれます。




20121225_131815のコピー.jpg

遥か彼方に水平線



ホームの赤い柵と青い海との対比が美しい東シナ海を望む廃駅である旧多良駅を通過。この旧多良駅は海を望む崖の上にある廃駅で、廃止された駅の中でも人気のある廃駅です。

尚、この廃駅は近年の鉃道ブームもあり、不定期列車である「郵輪式観光列車」が見学の為に停車します。旧多良駅は機会があれば是非とも訪れてみたい駅でもあります。




金崙_1.jpg

金崙駅に到着



金崙.jpg

莒光號と交換



13:33、列車は金崙に到着。この金崙駅では高雄方面、新左營行きの704次莒光號との行き違いの為に5分程停車します。因みに金崙駅は旧多良駅と旧香蘭駅という二つの廃駅に挟まれた駅です。




走行中車外.jpg

台東に向けてひた走ります



南廻線車窗.jpg

列車は市街地へと入って来ました



太麻里.jpg

太麻里到着



列車は続いて太麻里、知本と停車して行きます。知本は知本温泉が有名で、この知本駅も南廻線の駅の中ではベスト3に入る規模の駅です。但し駅から温泉までは離れています。

この知本でも観光列車の52次莒光號との行き違いの為に2分間停車します。

そういえばこの知本駅と台東駅の間にある康樂駅は、台湾では縁起の良い駅名と云う事で人気のある駅で、この康樂駅発着の乗車券は結構人気があるようです。

この康樂駅以外にも台湾には「成功」駅や「富源」駅などのような縁起の良さそうな駅名を持つ駅が他にも幾つかあります。




旧型客車台東.jpg

終点台東に到着



14:20、枋寮から海あり山ありの98.2kmを走破して来た南廻線の藍色客車は定刻に終着駅の台東に到着しました。

開け放たれた窓から海の潮の香りと山の緑の匂いの両方を堪能出来た、ちょっと欲張りな2時間12分の旧型客車の旅もこの駅で終わりです。

さて、これから花東線の自強號で遠路台北に戻る事にしましょう。





※普快3671次乗車日:2012年(民國101年)12月25日



2013.05.10 Friday

たかの台総合運転所★台灣鐵路之旅 【10】 〜南廻線の藍色客車 旧型客車の旅〜【前篇】

 皆様こんばんは。たかの台総合運転所所長の奥野です。


今回の【台灣鐵路之旅】は台湾南部の南廻線で活躍をする”藍色客車”こと旧型客車の乗車記になります。




旧型客車枋寮駅_1.jpg

台鐵の旧型客車 かつての日本のスハ44形と似ています



この旧型客車ですが一昔前までは台北近郊でも運転されていました。
当時、台北駅付近の地下線を走行していた旧型客車の姿のミスマッチさが個人的には好きでしたが、現在では台湾南端の南廻線、台東ー枋寮間の普快車という普通列車で一往復が運転されているのみになってしまいました。まさに絶滅危惧種の車輛です。

この絶滅危惧種の旧型客車を使用した普快車ですが、日本の東急車輌製で国鉄スハ44形に似たSPK32700型とインドのICF社製で両開き自動扉を備えたデッキ無しのSPK32200型の二種類の客車が活躍しています。
この二種類の客車の運用は特に決まっておらず、日によって日本製のSPK32700型のみの編成であったりインド製のSPK32200型のみの編成、或いはこの二種類の客車が併結された編成で運転されたりします。どのような編成に当たるかは、まさに運次第と云ったところでしょうか。




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旧型客車の旅の始まりは枋寮駅



この旧型客車を使用した普快車は、日中に走る枋寮発台東行きの3671次と夕方に台東を発車する台東発枋寮行きの3672次の二本が運転されています。
今回は日中に運転される枋寮発台東行きの3671次普快車に乗車することにします。


台北から新幹線と在来線の特急自強號を乗り継いで三時間弱、台湾南端の枋寮に到着しました。
この枋寮駅から旧型客車の旅が始まります。




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入換後に入線



この普快車に使用される旧型客車の運用は前日の台東発枋寮行きの普快3672次で枋寮に到着して枋寮駅で一泊、明くる日の台東行き普快3671次で台東に戻ります。
今日の編成は日本製のSPK32700型で統一されているようです。

程無くして駅構内の留置線からこれから台東行きの普快3671次となる旧型客車の編成が、アメリカGM社製のR100型電気式ディーゼル機関車に牽引されてホームに入線してきました。
今日は背中合わせの重連での運転、日本型の客車とアメロコの組み合わせは結構似合っています。

もし日本のディーゼル機関車量産の黎明期にこの手のアメロコが導入されていたら、これと同型の機関車が非電化区間で寝台特急を牽引していたかも知れませんね。日本と台湾の鉃道は同じ規格で作られていますので、この組み合わせは個人的には妄想が膨らみます。




旧型客車枋寮.jpg

意外と似合う日本型客車とアメロコの組み合わせ


枋寮駅_2.jpg

なかなか良い感じです


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往台東 戦前の日本の様に右から読みます



さて、列車がホームに到着したので車内に入ることにしましょう。列車に掲げられた行き先を表示するサボ(行先表示板)が右から書かれていて戦前の日本のサボのようですね。

台湾では横書きの文字が戦前の日本の様に右から書かれているものと、左から書かれているタイプのものが混在しています。
このように右書きと左書きの両方の混在する台湾の表示ですが、最近は左から書かれているもののほうが多くなっている感じがします。コンピュータの普及のせいでしょうか。




台鐵旧客車内.jpg

回転クロスシートが並ぶ車内


車内は古き好き時代の日本の国鉄の客車列車の雰囲気が漂っています。冷房はありません。車内の印象はどちらかというとスハ44形客車というよりは10系客車に近い感じもします。或いは近代化改装後のスハ44といったところでしょうか。




旧型客車枋寮_2.jpg

幌枠の違いで印象ががらりと変わります



ところでこの旧型客車は日本の客車にそっくりなのですが、客車の顔ともいえる後ろ姿の妻面の印象は日本とは貫通幌の違いにより印象が異なります。

日本でも明治-大正時代から昭和の始め頃までの木造客車の時代には、この客車と同じタイプの幌枠に取り付けられたお互いのバネを押し合って貫通路を構成するタイプの貫通幌が使われていました。
この手のタイプの貫通幌は戦前の私鉄の名車である新京阪(後の阪急京都線)のP-6ことデイ100形が有名ですね。




旧型客車枋寮_3.jpg




R120旧型客車_2.jpg

さて、出発の準備が整ったようです



12:08、重連のディーゼル機関車に牽引された三両編成の客車は定刻に枋寮駅を発車しました。これから中央山脈を越え台東まで、南廻線の懐かしい旧型客車の旅が始まります。




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【後篇につづく】




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